腸腰筋(ちょうようきん)とは、「腸骨筋(ちょうこつきん)」と「大腰筋(だいようきん)」、これら2つの筋肉を合わせた名前です。

腸腰筋は聞き慣れない筋肉だと思いますが、太ももを持ち上げたり、姿勢を安定させたりと、ヒトにとって重要なはたらきを持つ筋肉です。
ゆえに、腸腰筋のトラブルがあると、腰を痛めたり、歩くときに足が疲れやすくなったり、生活においてさまざまな支障をきたす場合もあるのです・・・
この記事は、理学療法士のわたしが、腸腰筋について医学書や文献にもとづき徹底的に解説していきます。
一般の方でも理解しやすいように、図やイラストを使って分かりやすく解説していきますね。
それではまいりましょう!
1.腸腰筋(ちょうようきん)とは?
冒頭でもお伝えしたとおり、「腸骨筋(ちょうこつきん)」と「大腰筋(だいようきん)」を合わせて「腸腰筋(ちょうようきん)」といいます。

それぞれの筋肉の位置をシンプルにお伝えすると、以下の通りです。
- 腸骨筋→骨盤からはじまり、大腿骨(太ももの骨)で終わる
- 大腰筋→腰椎(腰の骨)からはじまり、大腿骨で終わる
なんだか似たような名前なので、頭がこんがらがってきます(^^;)
わたしがオススメする腸腰筋のおぼえかたを紹介します。

腸骨筋の頭文字「腸」と、大腰筋の「腰」をくっつけた名前が「腸腰筋」!
いかがでしょうか?
悟空とベジータがフュージョンしたときの「ゴジータ」という名前が、やけにおぼえやすかったのと同じ原理です(笑)
1-1.腸腰筋の名前の由来
先ほどもお伝えしたように、腸骨筋と大腰筋は、それぞれ違う場所から筋肉がはじまっています。
そのあと、大腿骨の近くで腸骨筋と大腰筋は合流し、ほぼ同じ場所で筋肉が付着します。

そのため、腸骨筋と大腰筋はセットで「腸腰筋」といわれることが多いんですね。
ちなみに、大腰筋の表面の内側に「小腰筋(しょうようきん)」という筋肉が存在している場合があります。

しかし、日本人の約60%が存在しないといわれています。
それではお次に、腸腰筋の役割を紹介しますね。
2.腸腰筋の役割は?
しかし、ほかにもさまざまな役割をになっているため、もうすこし踏み込んでお伝えしていきますね。
腸腰筋の主な役割は、以下の5つです。
- 股関節を屈曲(くっきょく)させる|腸腰筋(大腰筋+腸骨筋)
- 骨盤を前傾(ぜんけい)させる|腸腰筋(大腰筋+腸骨筋)
- 股関節を安定させる|腸腰筋(大腰筋+腸骨筋)
- 腰椎を前弯(ぜんわん)させる|大腰筋
- 腰椎の安定性を高める|大腰筋
大腰筋と腸骨筋で、それぞれ役割がすこし違うため、分けて解説していきます。
大腰筋と腸骨筋の役割がいっしょな場合もあるため、そのときはまとめて「腸腰筋」として説明していきますね。
それではまいります!
2-1.股関節を屈曲(くっきょく)させる|腸腰筋(大腰筋+腸骨筋)
腸腰筋の大きな役割として、「股関節を屈曲(くっきょく)」させるはたらきがあります。
股関節の屈曲とは、以下のように、太ももを持ち上げる動作を指します。

太ももを持ち上げる動作は、普段の生活においてさまざまな場面でありますよね。
歩くときや階段を上がるとき、浴そうをまたぐときなど。
そのため、腸腰筋が弱ったり、使えていなかったりすると、日常生活で多くの支障をきたすのです。
ちなみに、陸上の短距離選手のように、すばやく太ももを持ち上げる動作でも、腸腰筋は重要視されています。

ある研究では、「①陸上の短距離選手 ②サッカー選手 ③普段スポーツをしていない人」この3パターンの集団に分けて、それぞれの集団の大腰筋を比較しました。
その結果、陸上の短距離選手が、もっとも大腰筋が発達しているという結果が出たのです。
また、大腰筋のボリュームが大きいほど、走る速度が速いという報告も。
速く走るということにも、大腰筋は深く関わっているんですね。
2-2.骨盤を前傾させる|腸腰筋(大腰筋+腸骨筋)
腸腰筋は「骨盤を前傾(ぜんけい)」させるはたらきもあります。
骨盤の前傾とは、以下の図のように、骨盤が前にかたむくことです。
骨盤を前にかたむける動作も、わたしたちの生活でとても大切なんですよ。
たとえば、イスから立ち上がるとき。
実は、スムーズにイスから立ち上がれるのは、普段わたしたちが、立ち上がる瞬間に無意識に骨盤を前にかたむけているからなんです。
それでは、もう少し詳しく説明していきますね。
座っている状態から立ち上がるときは、まずは骨盤を前にかたむけ、重心を前に移動させる必要があるんです。
というのも、重心がうしろのままだと、立ちにくいからです。
イメージしにくい方は、ためしに骨盤をうしろにかたむけ、重心をうしろに残したまま立ち上がってみてください。
うしろにたおれそうになりませんか?
もしくは、太ももにすごく力が入りませんでしたか?
これは、骨盤がうしろにかたむいている影響で、重心がうしろにあるのが原因です。
そのため、安全かつスムーズに立ち上がるためには、まずは骨盤を前にかたむけて、重心を前に移動させないといけないんです。
そして、骨盤を前にかたむける筋肉が「腸腰筋」なんですね。
でもどうやって、骨盤を前にかたむけているんですか?
以下の図をご覧ください。
何度もお伝えしてきましたが、大腰筋は腰椎(腰の骨)から、そして腸骨筋は骨盤からはじまっています。
上の図の矢印の方向に力が入ったときに、腸腰筋(大腰筋+腸骨筋)に引っぱられるような形で骨盤は前にかたむくのです。
なので、骨盤を前にかたむけるためには、腸腰筋のはたらきがとても重要なんですね。
そのほかの筋肉とも協力しあうことで、おこなうことができるんです。
2-3.股関節を安定させる|腸腰筋(大腰筋+腸骨筋)
腸腰筋は、立っているときに股関節を安定させる役割をになっていることをご存知ですか?
その理由は、腸腰筋の形が大きく関係しています。
以下の図をみると、分かりやすいと思います。
このように、腸腰筋は「大腿骨頭(だいたいこっとう)」を前方から支えます。
そのため、大腿骨頭と骨盤が密着することで股関節が安定する、という仕組みになっています。
2-4.腰椎を前弯(ぜんわん)させる|大腰筋
ヒトが、四足歩行から直立二足歩行へと進化をする過程でできたといわれている「腰椎の前弯(ぜんわん)」。
「腰椎の前弯」という用語は、なんだかむずかしく感じますよね。
イメージしやすいように、図で確認してみましょう。
上の図でも分かるように、腰椎は、弓のようにおなかの方向へ曲がっています。
これを「腰椎の前弯」といいます。
ちなみに腰椎の前弯は、主に大腰筋によって保たれています。
腰椎の前弯があることで、安定して立つことができたり、歩くときに受ける地面からの衝撃を、やわらげることもできるんです。
2-5.腰椎の安定性を高める|大腰筋

両側の大腰筋が収縮することで、腰椎を圧迫させる力が高まり、腰椎の安定性がアップします。
また、歩いているときの大腰筋は、足を接地するタイミング付近ではたらきます。
そのため大腰筋は、歩くときにも腰椎を安定させているのではないかといわれています。
しかし、圧迫させる力があるゆえに、悪い姿勢で大腰筋を使いつづけると、腰椎に負担をかけることで、腰痛が起こってしまう可能性もあるんです・・・
いかがでしたか?
腸腰筋(大腰筋+腸骨筋)は、歩くときや階段を上がるときにはたらいたり、さらには姿勢を安定させる役割もあるため、生活において必要不可欠な筋肉だということがお分かりいただけたと思います。
特に大腰筋は、背骨や股関節を安定させるインナーマッスルのはたらきと、股関節を大きく曲げたりするようなアウターマッスルのはたらき、その両方を兼ねそろえた興味深い筋肉です。
理学療法士などの専門職でも、リハビリのときに大腰筋に着目する方は多いのではないかと思います(もちろん腸骨筋も確認します^^)。
2-6.【さらに詳しく知りたい方向け】腸骨筋、大腰筋、小腰筋の起始・停止・神経支配・作用まとめ
以下の情報は、専門的でむずかしい内容なので、一般の方は飛ばしていただいて大丈夫です。
こちらをクリックして、次の章へお進みください。
「もっと腸腰筋のことを詳しく知りたい!」という方のみ、読み進めてください。
【腸骨筋、大腰筋、小腰筋の起始・停止・神経支配・作用】

【腸骨筋の豆知識】
・筋体積→234㎤(※)
・PCSA→23.4㎠(※)
・筋線維長→10.0cm(※)
・速筋:遅筋(%)→50:50(※)
※個人差あり
【大腰筋の豆知識】
・大腰筋の作用は、断面積が最大となるL4・5で最も大きくなる
・イニシャルコンタクトのタイミング付近で活動
・筋体積→266㎤(※)
・PCSA→26.6㎠(※)
・筋線維長→10.0cm(※)
・速筋:遅筋(%)→50:50(※)
※個人差あり
・腰椎の肢位によって、大腰筋の腰椎に対する作用は変わる。たとえば、腰椎が屈伸中間位のときは、腰椎上位のレベルにある大腰筋の線維はわずかに伸展作用となる。一方、腰椎下位の大腰筋の線維は屈曲作用となる。しかし、腰椎が伸展位(前弯)だと、最下位のレベル(L5〜S1)を除いて、大腰筋の大部分の線維が伸展作用となる。逆に、腰椎が屈曲位になると、大部分が屈曲作用となる。
3.腸腰筋が硬かったり弱かったりすると、どんなデメリットがあるの?
腸腰筋が硬かったり、筋力が弱かったりすると、以下のような悪い症状が出やすいです。
- 腰痛や足のしびれが出てしまうかも
- 反り腰となりやすく、腰に負担がかかる
- 呼吸にも悪影響をあたえるかも
- 歩くスピードが遅くなる
- スムーズに脚を振り出せなくなる
それでは、いまからそれぞれ解説していきます。
また、腸腰筋のストレッチや筋力トレーニングも紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
3-1.腰痛や足のしびれが出てしまうかも
腸腰筋の近くには、「腰神経叢(ようしんけいそう)」という神経があります。
腰神経叢とは、複数の神経が合流したり分岐したりすることで構成される、網のような神経。
はい、ややこしいですよね。
「なんかよくわかんないや・・・」という方は、「腰神経叢は、腰あたりから出ている複数の神経が集まったもの」と思ってください。
ちなみに、腰神経叢のイメージは以下の通りです。
少しリアルなイラストなので、解剖図が苦手な方は見ないでくださいね。
そのため、腸腰筋が硬くなったり腫れたりすることで腰神経叢が圧迫され、腰痛や足のしびれなどを感じることがあるんです・・・
普段からストレッチや運動などをおこない、腸腰筋に硬さなどが出ないよう予防をしておくことが大切です。
3-2.反り腰となりやすく、腰に負担がかかる
腸腰筋が硬いと、反り腰の原因になることがあります。
2章の復習ですが、腸腰筋には、腰椎をおなか側に引っぱったり(腰椎の前弯)、骨盤を前にかたむけたり(骨盤の前傾)するはたらきがあるといいましたよね。
・腰椎をおなか側に引っぱる(腰椎の前弯)
・骨盤を前にかたむける(骨盤の前傾)
しかし、腸腰筋が硬くなったり、力が入りすぎていたりすると、腰椎を過度に前に引っぱったり、正常よりも骨盤を前にかたむけてしまうのです・・・

つまり、反り腰となってしまうんですね。
反り腰は腰に負担がかかったり、ポッコリおなかにみえたりとデメリットばかり。
ちなみに、イスに座る時間が長いと、腸腰筋は硬くなりやすいです。
リハビリの現場でも、車イス生活の方は腸腰筋が硬くなりやすいので、立つ時間を増やしたり、ストレッチをしたりします。
なので、デスクワークが多い方は、普段から以下のような腸腰筋のストレッチをすることをオススメします。

【方法】
1.両手をつき、片脚を立てます
2.もう一方の脚を後ろに伸ばします
3.うしろに伸ばしている方の脚の付け根を、じんわりと伸ばします
4.反対の脚も同じようにおこないます
【回数】
左右それぞれ30秒
また、以下の記事では、反り腰の解消法について詳しくお伝えしています。
反り腰で悩んでいる方は、ぜひ確認してみてください。
3-3.呼吸にも悪影響をあたえるかも

大腰筋は、表面を覆われている筋膜(腰筋筋膜)によって、「横隔膜」とつながっています。
ちなみに横隔膜は、呼吸をする際(主に息を吸うとき)に、はたらく筋肉。
大腰筋が硬いと、筋膜でつながっている横隔膜の動きもにぶくなるため、呼吸にも悪影響をおよぼすかもしれないんです。
そもそもヒトは、生きていくうえで、力の源である「エネルギー」が必要。
そして呼吸は、そのエネルギーを作るための重要な活動なんです。
そのため、横隔膜とつながっている大腰筋は、つねに柔軟性を保っておく必要があるんです。
耳にタコができたかもしれませんが、やはり腸腰筋のストレッチは欠かせません。
なお、横隔膜をしっかりと動かす「腹式呼吸」の正しい方法については、以下の記事で詳しく紹介しています。
3-4.歩くスピードが遅くなる

大腰筋は、歩くスピードにも関係しています。
大腰筋はほかの太もも周りの筋肉より、歩行速度と強い相関関係があるいう研究結果が出ているからです。
このように、大腰筋は歩くスピードとも大きな関係があるんですね。
しかし、年を取るとともに、この大腰筋も衰えていきます。
70歳代になると、20歳代の頃とくらべて、大腰筋の断面積が約40%も減少するといわれています・・・
そのため、若いうちから大腰筋の筋力トレーニングを定期的におこない、衰えを予防をしていくことが大切です。
たとえば、大腰筋の筋力トレーニングには、以下のような方法があります。

【方法】
1.姿勢よく座ります
2.よい姿勢をキープしたまま、太ももを少し上げます
3.上からひざを手で押し、脚と力くらべをするようにします
【回数】
左右それぞれ10回
ほかには、姿勢よくイスに座った状態で、太ももを持ち上げる「足踏み運動」も大腰筋のトレーニングになりますよ。
いずれもイスに座ってでできる簡単な運動ですので、デスクワークなどの休憩中などに、ぜひ取り組んでみてくださいね。
3-5.スムーズに脚を振り出せなくなる
わたしは、リハビリでクライアントの歩く姿をみるときに、必ず腸骨筋のはたらきをチェックします。
なぜなら、歩くときにしっかりと腸骨筋がはたらくと、スムーズに脚を振り出せるケースがよくあるからです。
先ほど、腸骨筋は股関節を曲げるはたらきがあるといいました。
わたしたちは脚を振り出すときに、太ももを持ち上げるために股関節を少し曲げますよね。
そのときに腸骨筋がはたらきます。
しかし実は、腸骨筋がはたらくのは、脚を振り出すタイミングだけではありません。
腸骨筋は、歩くときの「脚を後ろに伸ばすタイミング」でもはたらくんです。

このように脚を後ろに伸ばしていくと、腸骨筋はバネが引き伸ばされていくように、力をたくわえながら伸びていきます。
ただ単に筋肉が伸びていくのではなく、収縮しながら伸びていくのが特徴です。
そして、脚を振り出すときに、引き伸ばされたバネが一気に縮んでいくように腸骨筋がはたらくのです。
その結果、わたしたちはさほど力を必要とせず、脚を振り出すことができるんですね。
しかし、腸骨筋が硬くなったり、筋力が弱くなったりすると、歩くときに十分に脚を後ろに伸ばすことができなくなります。
そうすると、脚を振り出すときに、必要以上に力が必要となるんです。
しかも、歩幅が狭くなるため歩くスピードが遅くなったり、脚が伸びない分、腰を無理に伸ばして腰痛が出たりと、悪い影響がたくさん出てきます・・・
そのため、日頃からの腸骨筋のストレッチや筋力トレーニングは、やはり重要なんです。
4.まとめ
いかがでしたか?
今回は、腸腰筋の知識をあますことなくお伝えしました。
生活におけるさまざまな場面で、腸腰筋が使われているとお分かりいただけたと思います。
逆にいうと、腸腰筋の硬さや筋力の衰えがあると、生活に支障が出てくる可能性も高いんですね。
そのため、ぜひ普段からストレッチや筋力トレーニングをおこなうことをオススメします。
そして、腸腰筋のトラブルを未然に防いでいくためには、やはり生活習慣が大切。
デスクワークが多い、普段の姿勢が悪い、運動習慣が少ない・・・
このような生活を続けていくと、どうしても将来カラダの問題が起きやすかったりします。
なので
「デスクワークの時間が多くても、30分に一度は脚を伸ばそう」
「あ、いま姿勢が悪いな。良い姿勢を意識しよう」
など、日々の生活のなかから、改善を意識していただくことを強くオススメします!
今回の記事が、あなたの健康にとってお役に立てたら幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
・市橋則明(編):身体運動学 関節の制御機構と筋機能.p204,メジカルビュー社,2017.
・坂井建雄(監),町田志樹(著):PT・OTビジュアルテキスト専門基礎 解剖学.pp128-129,羊土社,2018.
・石井直方(監),荒川裕志(著):プロが教える 筋肉のしくみ・はたらきパーフェクト事典,pp108-111,ナツメ社,2012.
・工藤慎太郎(編著):運動機能障害の「なぜ?」がわかる評価戦略. pp199-200,医学書院,2017.
・石井慎一郎(編著):動作分析 臨床活用講座 バイオメカニクスに基づく臨床推論の実践.p188,メジカルビュー社,2013.
・久野譜也:大腰筋の筋横断面積と疾走能力及び歩行能力との関係.バイオメカニズム学会誌24:148-152,2000.
・名倉武雄,山崎信寿:整体力学モデルによる大腰筋の機能解析.バイオメカニズム学会誌24:159-162,2000.
・青木隆明(監),林典雄:運動療法のための 機能解剖学的触診技術 下肢・体幹.第2版,pp140-141,メジカルビュー社,2012.