【連載】エビデンス健康術 vol.1

医学博士・北川孝先生(信州大学助教)が、一般の方に向けて “エビデンス(根拠)” がある健康情報を中心とした内容をお伝えしていく連載です。

みなさん初めまして。
医学博士の北川孝(きたがわ・たかし)と申します。

この連載では、わたしがこれまで蓄積してきた、信頼性の高い健康情報をお伝えしていきます。

なかには、世界の一流学術雑誌に掲載されたような、最先端かつ最高峰の質をあわせ持つ情報などもご紹介していくため、ぜひ楽しみにしていてください。

医学の知識がない方でも理解できるよう、なるべく分かりやすくお伝えしていきますね。

さて、これから数回にわたって取り扱っていくテーマは「腰痛」です。
それではまいりましょう。

著者プロフィール

医学博士・理学療法士・エビデンスキュレーター

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北川 孝(きたがわ・たかし)国立大学の医学部でリハビリテーションおよび医学を学んだのち、理学療法士として地元の総合病院に就職。10年間、医療・福祉・健康関連および病気・ケガ予防関連の分野で活動。日本国内や海外の学術集会での研究発表および論文の出版も多数。現在は信州大学の助教として、新しい検査・治療方法の研究開発と教育活動に従事。世界最新の研究の情報を日々収集しており、それらの知見を活かして人々の幸せにつながる活動をおこなっていくことを信念としている。理学療法士向けのブログ「Physio-Explorer」運営。

日本人の “約4人に1人” が腰痛持ち?

日本国民の“約5人に1人”が腰痛持ち?

一生のうち、日本人の80%以上の方が経験する可能性があるといわれる「腰痛」。

厚生労働省が発表している「平成28年 国民生活基礎調査の概要」では、病気やケガなどの自覚症状がある方(有訴者)のなかで、男性では腰痛が第一位、女性は肩こりについで腰痛が第二位という結果も出ています。

参考:平成28年国民生活基礎調査の概要(厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa16/dl/16.pdf

そして、日本における腰痛保有者は2,800万人前後と推計されています。つまり、約4人に1人は腰痛持ちという計算になります。

まさに腰痛は国民病ともいえるでしょう。

さらには、先月10月10日に掲載された『朝日新聞DIGITAL』の記事によると、日本における腰痛の経済損失は、なんと年間約3兆円にも上るとのことです。

参考:腰痛の経済損失は年3兆円 業務効率低下、東大など試算(朝日新聞DIGITAL)

https://www.asahi.com/articles/ASMBB5Q7GMBBPLBJ00D.html

このように腰痛は、個人の生活レベルの問題のみならず、大きな社会問題にまで発展しているのです。

そのため、早い段階で腰痛の芽を摘み取っておくことが重要になってきます。

近年の腰痛治療のトレンドとは?

近年の腰痛治療のトレンドとは?

(特殊な治療や手術を必要としない)腰痛の場合、総合病院の外来や整形外科クリニック、接骨院などに足を運ぶことがあると思います。

その際、国家資格を持った専門家によって、マッサージや電気治療、特殊なテクニックを用いた治療などを受けたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

もちろん、そういった治療を数回受けただけで腰痛が改善することもあるでしょう。しかし腰痛が慢性化している場合など、ケースによっては改善までに時間を要すこともあります。

そうすると長期的な通院となってしまうため、移動にかかる「身体的負担」や、毎回の交通費や治療費などによる「経済的負担」が、じわじわと重くのしかかってきます。

そのような現状を踏まえ、海外諸国では、これら「身体的負担」や「経済的負担」を減らすための施策が打たれています。

たとえば、その施策のひとつとして遠隔治療が挙げられます。

アメリカなどの諸外国では、腰痛やひざの痛みなどがある方に対し、テレビやパソコンの画面を通じて専門家がエクササイズを指導するといった「遠隔リハビリテーション」が普及し始めているのです。

遠隔医療
※イメージ

そして遠隔治療のほかにもうひとつ。

患者さん自身で治療・管理をしてもらうような “自己管理プログラム” の開発が進んできていることが、大きなトレンドとなっています。

この自己管理プログラムというものは、海外では主流になってきている治療法なのですが、残念ながら日本にはまだまだ普及していません。

では、海外でここ数年話題となっている「自己管理プログラム」とは、一体何なのでしょうか?

腰痛に有効な “自己管理プログラム”

腰痛に有効な自己管理プログラムとは?

自己管理プログラムとは、「自分自身で腰痛をコントロールするための方法」です。

たとえば、病院や整形外科クリニックでリハビリを経験したことがある方は、理学療法士や作業療法士などにトレーニング用紙をもらい「この運動を自宅でやっておいてくださいね」といわれたことがあるかもしれません。

これも自己管理プログラムの一種です。

従来は、腰が痛くなると整形外科などで診察を受け、その後、病気を踏まえたお薬やリハビリなどの治療を受けるのが一般的でした。

しかし、医者にかかるほどでもない一時的な腰痛や、明らかな病気・診断名はないけど長く続いている腰痛に対しては、必要以上の医療処置を受けなくとも、自分自身でうまく腰痛をコントロールする方法(つまり自己管理プログラム)で、従来の治療と同程度の効果が得られることが明らかとなってきているのです。

ではその根拠として、次の章では自己管理プログラムのエビデンスをみていきましょう。

自己管理プログラムのエビデンス

自己管理プログラムのエビデンス

2017年、『Patient Education and Counseling』という、欧州やアメリカのコミュニケーション・健康に関する専門雑誌にて、これまでの多くの研究報告を1つにまとめた論文(専門用語で「メタアナリシス」といいます)が掲載されました。

メタアナリシスとは

シンプルにいうと、エビデンス(根拠)レベルが最も高い研究手法のこと。

この論文は、Nanjing大学のDu先生らによる報告で、その内容の趣旨は…

2015年7月までに出版された論文の中で、「腰痛」「自己管理」に関する専門用語(英語)を入力・検索しヒットした“1300編”もの論文を読み解いた
結論として、腰痛からくる痛みそのものや、カラダの不調(機能障害)に対して、自己管理プログラム全般は非常に効果がある

といった内容でした。

このように「自己管理プログラム」は、腰痛に対する有効性が明らかに示されているのです。

そして自己管理プログラムは、明らかな病気・診断名がないタイプの腰痛の方であれば、いま抱えている腰痛が悪化するなどといった報告も非常に少ない方法です。

注意点

しかし、重症な腰痛の場合は、まずは医師に診察してもらうことが適切です。また、ヘルニアや脊柱管狭窄症といった明らかな病気がある場合も、まずは病院へ行きましょう。

痛みの強さを1〜10点で表すとき(0点が『全く痛くない』で、10点が『どうしようもない最大の痛み』の場合)、7点以上の痛みであれば受診をした方がいいと、ある大学教授の方がおっしゃられておりました。

なので、迷ったらまずは整形外科などを受診するのが安全です。しかし、そうでもない程度の場合は、一度「自己管理プログラム」を試されてみても良いのではないかと思います。

では実際に、自己管理プログラムではなにをすればよいのでしょうか?

スマホアプリを使って腰痛を緩和させる?

スマホアプリを使って腰痛を緩和する?

そこで今回わたしが紹介するのは、「スマホアプリ」を使った腰痛の自己管理(※)です。

※くり返しになりますが、自己管理とは「自分自身で腰痛をコントロールするための方法」を指します。

とはいえ「アプリなんかで腰痛を自己管理できるの?」とお思いになった方が多いのではないでしょうか?

実は論文に、アプリを用いた腰痛の症状緩和に対する治療効果を調べてくれた報告があるのです。

情報の元となっている海外の論文は、2016年にオーストラリアのシドニー大学の研究者らが発表したものです。

研究グループの方々が、 iTunes Store や Google ストアを調べに調べて、なんと612ものアプリを調査した研究報告になります。

さきに論文の要点を述べますと、

近年、腰痛に対するアプリを用いた治療の有効性に関する報告が増えてきている
これまでに公開された腰痛関連の612のアプリの中から、厳選した61のアプリをさらに深く調べた
結果は、アプリのタイプとしては、エクササイズ系のもの、およびマインド系のものに大別された

ということでした。

「エクササイズ系やマインド系のアプリってなに?」と疑問に感じた方も多いと思います。

エクササイズ系のアプリとは、自宅でひとりでもできるような、シンプルかつ効果の高いエクササイズ動画が集められているアプリです。

一方、マインド系のアプリとは、痛みなどで気持ちが落ち込んでいるときに「どのようにして対処していくべきか」「普段の気持ちの持ち方」「痛みとの向き合い方」など、心理面に対するケア・サポートコンテンツがそろっているアプリです。

エクササイズ・マインドフルネス

そしてこれら2タイプのアプリが、それぞれ腰痛に対してかなりの効果があるという報告が、この2016年近辺を皮切りに、とても多く増えてきているのです。

先ほどもすこし触れた、用紙における自主トレーニングだと、手間ひまがかかったり、楽しいとはいいがたいエクササイズだったりするため、途中でやめてしまうことが課題でした。

しかし最近のアプリは、みていて楽しい、あるいは心が癒されるなど、自主トレーニングのモチベーション維持を手助けしてくれる秀逸なものが増えてきている印象です。

ネット環境が整った現代において、これらを使わない手はないかと思っています。

すこし長くなったため、次回の記事(連載第2回)で「エクササイズ系のアプリ」、そして連載第3回で「マインド系のアプリ」をご紹介していきますね。

それではまたお会いしましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。

参考文献

Machado GC et al., Smartphone apps for the self-management of low back pain: A systematic review. Best Pract Res Clin Rheumatol. 2016.